医師の裁量権と患者の自己決定権
インフォームド・コンセント(Informed Consent)の原則は、一般に「説明と同意」とか「十分な説明を受けたうえでの同意」と訳されている。
インフォームド・コンセントの法的原則は医師および医療従事者から診療、検査、投薬、手術その他の医療行為の説明を受けたうえで、自由な意思に基づき、医療行為に「同意」したり、あるいは拒否したりすることができる、という患者の「自己決定権」を意味する。さらに、患者が「自己決定権」を行使できるようにするための前提となる法的、倫理的「説明義務」が医師に果たされることを意味する。
インフォームド・コンセントの倫理的原則は、患者の「自己決定」としての「人格的・手段的価値」と「生命・健康の価値」との両方の「価値」を促進し、実現するために、患者と医師の相互の人格の尊重に基づく対話をとおして医療における「協同の意思決定」をすることを意味する。この 倫理的原則は医師の医学的判断に基づく患者のための「最善の利益」を義務づける「恩恵(善行)の倫理原則」と、患者が生活の目標や価値観に基づいて自己の生命・健康の「価値」について「最善の利益」のために自分の意思で決定する「自己決定(自律性)の尊重の倫理原則」との一致、合意、調整をとることを意味する。
最も困難な問題が医師の「裁量権」と患者の「自己決定権」の関係の問題である。医療においてインフォームド・コンセントの原則が定着するならば、多くの場合は、患者の自己決定権が医師の裁量権と両立し、一致すると考えられる。どんな場合に医師の「裁量権」が患者の「自己決定権」に優先するのか。また患者の「自己決定権」が最終的に優先するとはどんな場合か。また患者の「自己決定権」や「知る権利」に対応する医師の「説明義務」はどこまであるのか。医師の「説明義務」は医師の裁量権によって軽減されたり、免除されるのはどのような場合か。医師の「裁量権」と患者の「自己決定権」が衝突・対立するのはどのような場合か。こうした問題を念頭におきながら、医師の「裁量権」と「患者の自� ��決定権」の関係について、考えてみることにする。
裁量権
医師の「裁量権」とか「裁量」という言葉は、医療過誤の争点の中で医療水準を基準にして事後的に医療行為の「注意義務違反」の有無を判定し、法的責任を問えるか問えないかの限界を意味する法的な概念である。診断や治療法を含めた医療行為が医師の「裁量権」の範囲であるということは、医療水準に基づいて注意義務違反がなかったことを意味する概念である。医療行為が「裁量権」の範囲以内であれば、法が介すべきではなく、医師の法的責任は問われないという意味である。
逆に、患者の「承諾・同意」を得た医療行為であっても、医療水準を基準にして注意義務違反が存在し、患者の生命・身体に重大な損害が生じれば、医師の「裁量権」の逸脱として違法行為となる。民事上、刑事上の責任が問われる。従って医師は医療水準を基準にした「注意義務」の範囲以内で、「裁量権」を持っていることになる。その根拠は、 医師は様々な法的義務を果たされているからである。
例えば、医師は医師免許によって医療行為を行う資格を持っている。同時に診療義務(医師法19条1項)、保健指導の義務(医師法23条)、管理上の義務等、注意義務などの義務によって法的責任を問われることにある。医師が職責として裁量権を行使するのは当然の慣行であった。
倫理的には、この「裁量権」は、患者の生命・健康の維持・保護・尊重という「恩恵の原則」に基づく倫理的義務と責任と表裏一体となった道徳的権利という意味を持っている。医師は自己の倫理観と価値観に従って医療を行う自己決定(自律性)持つという意味で、「自由権」を持っている。本文では、医師の「裁量(裁量権)」という場合、医師が診断し、医療水準に基づき、「注意義務」の範囲内で治療方法についてその効果と副作用、患者への利益と危険性とを比較・考量して治療法を選択する「裁量権」という意味と、医師が倫理的義務と責任を担う自律的的な主体としてとして「自由権」を持っているという意味で用いられる。それは、医師の「義務と責任」という規範意識と表裏一体となっている「権利� ��概念である。
医師の「裁量権」というとき、医師の法的、倫理的「義務」と「責任」を担う主体として医師によって意識されている。従って表現形式としては、医師の「裁量権」は患者の「生命・健康の価値」の「維持・保護義務」、「治療義務」として主張される。
こうした医師の「自由裁量権」と患者の「自己決定権」の相互尊重・承認と人格の相互承認こそが、医師と患者の信頼関係の基礎である。
自己決定権
医師の「裁量権」に対して、先に述べたように患者の「自己決定権」は医師の説明や助言を受けて、医療行為を承諾、選択、拒否する権利である。わが国では、この権利が患者の権利基本法として実定法として制度的に確定しているわけではないが、この権利は憲法13条「すべての国民は個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」を法的根拠にしている。患者の「自己決定権」は憲法上の基本的人権を意味している。
倫理的には、一般的に、他人の権利を侵害したり、迷惑をかけたりしないかぎり、患者の「自己決定(自律性)」とは、 自己自身の目的と価値観に従って、自分が善いと考える「価値」を選択、決定、実現することを意味する。医療における患者の「自己決定」とは、自己の生活、人生の目的に重大な影響を与える、生命・身体に関する医療において、自己の価値観に従って、最善と思える決定をすることを意味する。患者の自己決定(自律性)が尊重されることは、人格が尊重されることを意味する。
もともと、医療行為は1)医学的適応 2)医療技術の正当性、3)同意原則の三つの要件によって適法とされる。この意味での同意はインフォームド・コンセント法理が展開される以前には、患者の自己決定権の行使の前提となる「説明義務」に基づく「承諾・同意」ではなくて、医師の「裁量権」を前提にした医療行為の違法性の阻却と、事前に法的責任を免責するための「承諾・同意」であった。それでも患者の「同意」のない医療行為は、医学的適応や医療技術が正当であっても、専断的医療行為として違法とみなされてきた。
その後、インフォームド・コンセントの原則の法理の展開とともに、多くの判例で、医師に裁量権があるとしながらも、身体への侵襲を伴う手術や重大な結果を伴う危険性のある医療行為については、原則として医療行為を承諾・同意するか、拒否するかを最終的に決定する「自己決定権」が患者にあると承認されるようになってきた。この患者の「自己決定権」を確保し、保障するために医師に「説明義務」があるという「説明原則」が確立されるようになってきた。
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